瓦屋根に白壁、柱には手入れされた木材。
和風とも洋風ともつかない、どこか時代すらも歪んだ造りをしている。
呼びかけても、返事はない。
塀から覗いても、人の気配はない。
しかし、屋敷は壊れてもおらず、荒らされてもいない。
塵ひとつ落ちていない庭。よく見ると、定期的に掃除されているかのようだ。
不気味なほど、整っている。
「誰か、おる……? いや……」
ためらいは、一瞬だけ。
自分が侵入者であることは承知している。だがこれは研究者による“調査対象”である。
彼女の中にある研究者としての探究心が勝ったのだ。
彼女の手が、屋敷の扉に触れた。
押すと、鍵はかかっていなかった。静かに、音もなく開く。
中に足を踏み入れる。
室内は冷たくもなく、暖かすぎるわけでもない。
生活感はまるでないのに、そこには人の「気配」だけが残っていた。
まるで、たった今まで誰かがいたような。
家具は最小限。飾り気もない。
だが、奥の部屋──
彼女の目に入ったのは、明らかに“研究設備”とわかる機材やそれらのパーツの数々だった。
「…機械の系統がバラバラ。これは計測器やんな…?こっちは…集積回路?沢山あるな…生物反応は無さそうやし…それに、この機会はなんやろ…?」
それらの電源は落ちていた。
だが、微かな熱が残っている。
見覚えのあるものもあれば、初めて見る構造のものもある。
明らかに現代の一般科学から逸脱した、異質なもの。
息をひそめるように近づき、そのひとつひとつに視線を落とした。
彼女の目は、単なる観察ではない。
接触しなくても素材を推測し、残留エネルギーの分布から計器の使用履歴を想定し、
そしてわずかな配線の歪みから、機器の癖までも読み取る。
彼女にとってこれは謎ではない。
「未解読の論文」のようなものであり、挑戦状であり、何より─好物だった。
「……誰かが、最近までここにいた? けど明らかに数百年、もしかしたら数千年もの前の……」
それは空間全体の“時間軸”の歪みだ。
気温、空気、埃の分布、材質の劣化率─
物理的な経年と、残留情報が一致しない。
現実が、ねじれている。
そして、その一角。
彼女は、一枚の紙を見つけた。
無造作に、しかし“置かれていた”とわかるように、机の上に広がる。
『あれを託します』
「“あれ”……?」
意味不明だ。だが、その曖昧さこそが気になってしまう。
名前も日付もない、ただの走り書きのようなメモ。
そして、さらにその部屋の奥、ひっそりとそこに存在するものを見た瞬間、彼女の思考は完全に停止した。